判決文

第32回模擬裁判 判決

平成24年(1)5646号
判決

本籍 置賜県最上市南本町一丁目23番地の7
住所 同上
職業 無職

福原翔
平成2年8月12日生

上記の者に対する傷害致死事件について、当裁判所は、検察官立花孝司及び弁護人林雅子出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文
被告人は無罪

理由 
(犯行に至る経緯)
 被告人は平成20年4月に置賜県最上市鉄町四丁目15番地の最上自動車部品工場へ入社したが、同21年10月頃からギャンブルへ金銭をつぎ込み始め、同22年4月頃には消費者金融から金銭を借用するようになり、度重なる借金の末、同23年6月下旬頃には多重債務者となったものであるが、虚偽の理由によって被害者森脇秀一から金銭を借用し、自己が負った借金の返済に充てており、結果、事件に至るまでの約1年3ヶ月の期間、被告人は数回に亘り計1,000,000円余りを被害者から借用することとなり、約束した返済の期限を過ぎ被害者から催促を受けるもなお返済せずにいたことから、両者の関係は以前と比べ、悪化していた。
 平成24年9月10日午後8時頃、被告人は置賜県最上市鉄町四丁目21番地の居酒屋双六において、被害者と証人吉村洋介(以下、「吉村」という。)と3人で飲食した後、同日午後10時過ぎに鉄町の中央通付近のコンビニエンスストアで瓶ビール3本、日本酒1本を購入し、置賜県最上市鉄町三丁目16番地の中央公園へと向かった。同公園において被告人は被害者に対し前記借金1,000,000円余りに加え、更なる貸与を求めた際、被害者が躊躇したことに腹を立て、掴みかかろうとしたが、吉村に宥められその場は一旦落ち着きを取り戻した。その後、購入した酒がなくなったため、被告人は再び前述のコンビニエンスストアにおいて、瓶ビール4本、ウイスキー1本を買い足し、3人で飲酒していた。

(罪となるべき事実)
 平成24年9月10日午後11時30分頃置賜県最上市鉄町の中央公園において、被告人はかねてから借金をしていた被害者に更なる金銭の貸与を求めた際、被害者が躊躇した事に腹を立て、被害者に掴みかかろうとしたが、吉村に宥められその場は一旦落ち着きを取り戻した。その後約1時間経過した午前0時30分頃、同公園において被告人は再び被害者に金銭の貸与を迫り、被害者に断られた。そのことから口論となり、被告人は底の割れたビール瓶を振り回す被害者に対し殴りかかり、頭蓋骨骨折等の傷害を負わせた結果、脳挫傷を伴った急性硬膜外血腫により被害者を死に至らしめた。

(証拠の標目)省略

(争点に対する判断)
 検察官及び弁護人の主張に対し、当裁判所は以下のように判断する。

1.被告人が被害者から金銭を借用していたこと、被告人らが同公園に着いた際、公園内には被告人等3人と約10メートル離れたベンチに中年の男女が居たこと、及び証人麻宮京子(以下「麻宮」という。)が居たこと、6人以外には周辺に人が居なかったこと、吉村が便所へ行った際、被告人と被害者の間において金銭に対する話題となり、被告人が被害者から更なる金銭の貸与を断られたことから口論となったこと、被告人がボクシング経験者であったこと、そして、被告人が被害者を殴打したことは、検察官、弁護人双方において争いの無い事実である。

2.被告人の攻撃の意思について、検察官は被告人がボクシング経験者であるということから、自己の拳を凶器であると認識した上で被害者に攻撃を加えたものであると主張する。これを検討するに被告人はボクシング経験者であり、高校時代にはインターハイに出場していることからすると、被告人の拳による攻撃は、一般の人間の凶器による攻撃に値し、それを用いて攻撃することは危険であったことを被告人自身も認識していたと考えることが当然のことであり、その結果被害者を死亡するに至らしめたことは、ひとまず、これを認めることができる。そこで、被告人がどのような目的で被害者を殴ったのか、即ち、攻撃の意思の存否が問題となるが、検察官は事件発生前の争い、及び、被告人が攻撃した以外に考えられないとの、被告人らを良く知る吉村の証言を理由に、被告人は攻撃の意思をもって被害者を殴打したと主張する。これを考察するに、前述の通り確かに事件発生前に被害者に対し掴みかかろうとした事実が存在し、その時点において被告人が被害者に対し攻撃の意思を有していたことは認められなくもない。しかし、吉村の証言にもある通り争いは一度治まっており、その後約一時間もめることなくその場を過ごしていることから、事件発生前の争いを被告人の攻撃の意思と直接関連付けることは相当でない。また、吉村の証言について、入社当時からの仲であり、被告人、被害者両人の人柄を良く知っていたことは証拠により証明されている。しかし、吉村は事件前の争いの現場に居合わせたことや、被告人らの人柄を良く知っていたからこそ、被告人が攻撃を加える以外のことは起こりえないという先入観を多少なりとも抱き、被告人らの行為を見ていた可能性に鑑みると、吉村が被告人らの行為を正確に認識していたものとは必ずしも認めることができず、かねてから被告人が被害者に対し憎悪の年を持ち積極的な加害行為に出たなどの特段の事情が認められない限り、被告人の攻撃の意思を認める事は相当でない。本件においてその特段の事情は証明されておらず、検察官の主張を認定するに足る充分な証拠があるとは言えないため、よって検察官の主張を是認する事はできない。

3.麻宮の証言の信用性について、検察官の現場検証によって証明されている通り、麻宮の証言は詳細なものであり、当時の状況についての証言は細部に至るまで被告人の供述とほぼ一致している。また、麻宮は被告人らとは全く利害関係を持たない点も考慮すると、他人である被告人のために有利となるような虚偽の証言をしたとは考え難く、同人の証言を総合考慮しても、立ち位置が不合理であるという一点のみをもって証言のないよう全ての信用性を否定することは妥当でない。

4.被害者の行為について、吉村、麻宮の証言、被告人の供述から被害者が底の割れたビール瓶を持っていたことは確かである。問題はそのビール瓶で被告人の攻撃から身を守ろうと牽制していたのか、それとも被告人に向かって攻撃をしていたのかという点である。検察官は吉村が事件を目撃しており、被害者はビール瓶で被告人の攻撃を牽制していたと証言していることを理由に被害者はビール瓶を攻撃のために使用したのではないと主張する。そこで吉村の証言を検討するに、吉村が最初に被告人と被害者を目撃したのは公園の便所を出た直後であり、被告人らとは約50メートル離れており、この距離では被告人被害者両人の詳細な行動までも目撃することができたとは言い難い。さらに被告人と被害者がもめていることを認識した吉村は、走って二人の許へ向かったが、吉村本人の証言にもあるとおり、吉村は途中転倒しており、その間の状況を正確に把握していたとは言えず、また、走りながら被告人らの行動を十分注視できていたかどうか疑いがある。更に、吉村は被告人が被害者を殴った瞬間からしか事件を目撃しておらず、それ以前の状況を知らないばかりか、吉村は被告人、被害者両人の人柄を良く知っていたことや、事件が発生する前の状況から、被告人が攻撃を加える以外の事は起こりえないという先入観が存在した可能性も否定できない。それ故に被告人が被害者を殴打するまでの状況を吉村が全て正確に目撃していたということには疑問があり、吉村が被告人が被害者を最後に殴った瞬間を間近で目撃したことのみをもって被害者の攻撃が牽制であったと認める事は相当でない。
 他方、弁護人は検察官の主張は何ら根拠の無いものであり、被害者が被告人に対し底の割れたビール瓶により攻撃をしていたとする麻宮の証言を理由に、被害者は攻撃のためにビール瓶を使用したと主張する。そこで浅宮の証言を検討するに、朝宮は被害者が割れたビール瓶を振り回し、被告人がそれを必死でかわしている状況を目撃したことから、恐怖感を覚え、関わりを持つことを避けるためにすぐに当該公園から退去している。ここで、被告人の供述を検討するに、被害者が底の割れたビール瓶を振り回し、非常に危険な状態であったこと、及び、自分が被害者を2度殴打したことやその程度、その他事件当時の状況を詳細に供述しており、これらは事件発生後の警察官による事情聴取段階から一貫している。更に、麻宮の証言及び被告人の供述はほぼ一致しており、かつ、前述のとおり麻宮は被告人らとは全く利害関係がなく、先入観を抱いていたとは考え難いことから、被害者が被告人に対しビール瓶により攻撃をしていたという証言の信用性は高いといえる。
 以上を考慮すると、弁護人が主張するように被害者が底の割れたビール瓶により被告人に攻撃をしていたと認定するのが相当である。

5.正当防衛の成否について検討する
(1)急迫不正の侵害の存在について
 被告人は中央公園において、前記4で認定したとおり、被害者と借金のことで口論となった末、被害者が突如底の割れたビール瓶を振り回し、被告人に迫ってきたため、その危険を回避するために被告人が被害者を殴打したものであるが、被告人は口論となった際も、被害者がビール瓶を振り回し始めた時点でも、未だ暴行に及んでおらず、できる限り被害者の攻撃をかわしていた。ところが、それでもなお被害者は勢いを弱めることなく被告人に攻撃を仕掛けてきたため、被告人は被害者を殴打したものであると認めることができる。しかも、吉村の証言及び、被告人の供述から明らかなように被害者のこれまでの様子や、人柄を良く知る人間にとっては、被害者がこのように暴れだすことは到底予想できるものではなく、被告人も驚いた旨供述している。しかも前記4において認定したとおり、被害者は底の割れたビール瓶を振り回し被告人に向かって攻撃しており、底の割れたビール瓶は鋭利な刃物と同様の危険性を有するものであり、凶器に該当する。この凶器を用いた被害者の行動は被告人にとって急迫不正の侵害に他ならないというべきである。

(2)防衛行為の必要性、相当性について
 本件においては更に、第一に、他人に助けを求めることはできなかったのか、そして、第二に、ボクシングでのインターハイ経験者である被告人が、凶器とも言える自己の拳によって被害者を殴打した事に必要性及び相当性が認められるのかが問題となる。
 第一の点を検討するに、吉村の証言及び被告人の供述のより、事件当時現場には一組の男女が居たことが確認されている、しかし、吉村が便所から戻り被告人らの許に駆けつけた際には其の男女は既に退去していた。また現場で一部を目撃したと証言する浅宮も被害者が暴れ始めた時点で関わりを持つことを避けるために現場から退去していることから、仮に吉村が現場に到着する直前まで男女が居たとしても、朝宮と同様、他人の争い事に関わることを避けようと考えるのが通常であり、しかも被害者が底の割れたビール瓶を振り回していたこと等も考慮すれば、被告人が助けを求めたとしても、同男女及び麻宮がこれに応じ、被害者の暴行を回避できたかは疑問といわざるを得ない。
 次に第二の点を検討するに、前記2において認定したとおり、ボクシングの経験者であり、、インターハイに出場している被告人が自己の拳が凶器に値することを承知していることが当然であると考えられる。しかしながら、被告人は一度よろけさせる程度の力で被害者を殴打し被害者の攻撃を阻止しようと試みているのにもかかわらず被害者は割れたビール瓶を振り回し被告人は垣根まで追い込まれ逃げ場がなくなっていた。その際に被告人が被った危険は、進退に対する侵害の危険のみならず、生命に対する侵害の危険をも認められる状態であったことから、被害者を殴打したことは、その攻撃から逃れるための手段として必要最小限且つやむを得ない行為であるといえる。また、被害者は被告人に対し、底の割れた瓶により攻撃していたのであり、それが凶器に該当することは前記(1)において認定した通りである。そのような状況の下、被告人は自己の身体及び生命に迫る危険を回避しようと必死であったことが伺われ、被害者を殴打する際の力加減を考える余裕が無かったものと考えることができる。よって、被告人が自己の拳により被害者を殴打したことは、自己の進退、生命に対する危険を阻止するため必要かつ相当な行為であり、防衛上やむを得ず行った行為ということができる。従って、侵害に対する防衛手段として必要性、相当性を有する以上、その反撃行為により生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても、その行為をもって防衛手段としての相当性の範囲を超えたものということはできない。

(3)防衛の意思について
 正当防衛が成立するためには、いわゆる防衛の意思が必要とされる。確かに被告人が当公判廷において、また検察官、警察官に供述するように、被害者が金銭を貸し渋ったことに憤慨していたことや、事件発生の前に被害者に掴みかかろうとした事実があったが、前述の通り、被害者に傷害を負わせてやろうという積極的加害意思により行為に出たものとは認め難く、被告人が被害者の攻撃をかわしきれなくなり、やむを得ず行為に出たと認めるのが相当である。よって、被告人の本件行為は、自己の身体、生命に対する侵害の危険を回避するために行われたもの、すなわち防衛の意思をもって行われたものと認められる。


 以上の次第により被告人の本件行為は、正当防衛に該当し、罪とならないものであるから、刑事訴訟法336条前段により、主文の通り被告人に無罪の言い渡しをする。

平成24年11月27日

最上地方裁判所第4刑事部
裁判長裁判官 丹波健三
   裁判官 安部沙希子
   裁判官 磯崎美津絵

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