判決文

第45回模擬裁判 判決

    
平成21年(わ)第6384号

判    決

  本籍 田川県田川市吉野1丁目2番7
  住所 倉山県倉山市泉3丁目5番コーポ池田202号室
  職業 無職

谷  口   誠
昭和51年12月17日生

上記の者に対する殺人,殺人未遂被告事件について,
当裁判所は検察官高村賢司及び弁護人牧田かおる出席の上審理し,次の通り判決する。


主 文

被告人は無罪。


理 由

本件公訴事実は,「被告人は,第一,平成20年9月19日午後0時30分頃,倉山市泉1丁目3番5号付近の路上において,
歩行中の小林和樹(当時40歳)に対し,殺意を持って背後から左腰背部を折りたたみ式ナイフ(刃体の長さ約8.5センチメートル)で1回突き刺した後,
正面からその腹部,および左前胸部等を多数回突き刺すなどし,よって,その頃,同所において,背部,心臓および上行大動脈多発刺創による失血により死亡させて殺害した。
第二,その頃,同所に居合わせた成田京介(当時41歳)に対し,殺意を持って,右腹部を1回突き刺したが,
同人に加療約10日間を要する右腹部刺創等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
第三,その頃,同所に居合わせた中野幸喜(当時38歳)に対し,殺意を持って,背部を前記ナイフで突き刺すなどしたが,
同人に入院加療2週間を要する背部切創・刺創,左上肢多発切創,左前腕伸筋腱群断裂の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。」というものである。

第1 争点
本件の争点は,被告人が心神耗弱の状態にあったか,心神喪失の状態にあったかという点である。

第2 争点に対する判断
1 証拠によれば,被告人は,本件各犯行当時,統合失調症に罹患していたことが認められる。

2 そこで,この統合失調症が本件犯行に与えた影響について検討する。
(1)検察官は,本件犯行当時,被告人に責任能力があったことの根拠として,
@犯行動機が一部了解可能なものであること,A被告人が本件犯行後,自分の行為の意味を理解し善悪を判断して行動していたことを挙げている。
そこで,以下各根拠について検討する。

(2)犯行動機について
ア 被告人は、当公判廷において「課長は私を殺そうとしたんです。私は日頃から課長に脅されていて,お前は要らない,殺してやると言われていました。」
「刺しても,刺しても死ななくて,殺さなきゃ殺されると思って。」と供述する。
イ 村上医師作成の精神鑑定書(甲5号証。以下村上鑑定とする。)が,被告人が本件犯行直前に被害者らの声や姿,顔を見て別人と認識したことについて
妄想知覚が発生していた可能性を指摘していることや,被告人の述べる会社にいたころの工藤卓郎の言動の中には,
被告人の幻聴や幻覚により増幅されているものがある可能性を指摘していることからすれば,
被告人は,工藤卓郎に対する被害妄想により,工藤卓郎から脅しを受けていたと述べている可能性があるというべきである。
また,検察から依頼を受けて被告人の精神状態について鑑定をした伊藤宏一医師作成の簡易精神診断書(甲4号証。以下伊藤診断とする。)も,
被告人は,伊藤医師の問診時に「あなたが刺したのはこの人ですか。」と被害者らの写真を見せたが,「違います。私が殺したのは課長です。」と述べるなどしていて,
被告人は,本件犯行当日の昼に被害者が電話で話していた内容を聞いて被害的になっていた可能性があるとして,被害妄想に基づくものである可能性を指摘している。
そうすると,工藤卓郎から脅されていたこと,殺されそうになったことについての事情は,被告人の妄想に基づくものである。
そうすると,本件犯行は妄想に支配されたものであり,その動機は全く了解不能というべきである。
ところで,伊藤診断は,鑑定留置を経たものではなく,限られた診察時間に基づくものであるが,
対して, 村上鑑定は,被告人を鑑定留置し,十分な時間をかけて問診等を行った結果であり,鑑定手法も合理的なものである。
同鑑定は,犯行様態や犯罪性の認識等,犯行動機以外の要素についての検討が十分されており,
犯行当時の幻覚や妄想の程度が著しかったことから,被告人が心神喪失であった可能性を示唆するものとして,十分信用できるというべきである。

(3)被告人が本件犯行後,自分の行為の意味を理解し,善悪を判断して行動していたこと
について被告人の公判供述及び実況見分調書(甲6号証。不同意部分を除く。)によれば,被告人が犯行後,
交番へ自ら赴く意思があり,その後人を殺したと認識していること,それが悪いことだと認識していることが認められる。
しかし,村上鑑定並びに村上医師の証言は,本件犯行時に,被告人は被害者らが被害者らでないという妄想知覚下にあったが,
約2時間後には,その妄想知覚が去っているから,警察及び検察の取り調べにおいて被告人が一見判断能力があるような言動をしているからといって,
犯行時にも判断能力があるとはいえない旨指摘している。また,被告人は,工藤卓郎から脅されていたという一貫した妄想の主題により,
心理的に追いつめられていたと解することもでき,交番に赴く意思についても,
工藤卓郎からの脅しの妄想を有していた被告人が工藤卓郎から逃れるために交番に行こうとしたと評価することもできるのであって,
検察官の主張するように,被告人の行為が罪の意識等を示すものとは断定できない。

(4)小括
以上から,検察官が被告人の責任能力があったと主張する根拠はいずれも不十分である上,
本件犯行当時,被告人は心神喪失であり,本件公訴事実は罪とならないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑―懲役20年)


平成21年12月8日
倉山地方裁判所刑事部

裁判長裁判官   沢 山  栄 二

裁判官   植 原  佳 織

裁判官   野 崎  政 樹

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